A 会社が従業員が申し出ている退職日より前に退職してもらえないか、と打診すること自体は可能ですが、原則は当初の申し出があった退職日を受け入れるべきでしょう。
かりに従業員と合意が得られた場合は、その合意が自由意思に基づくものであることが分かる記録を残しておくことが望ましい対応です。
合意が得られない場合、一方的に退職日を前倒しすることはできず、拒否したことで不利益を与えたり、実質的に強制する態様は避けるべきと考えおきましょう。
また、健康保険に加入している場合の被保険者資格は、退職日の翌日に喪失します。したがって当月末日より前の退職の場合、退職後、当月の保険料は本人が選択する制度(国民健康保険、任意継続被保険者など)にしたがって、本人が保険料を支払っていくようになります。
このように保険料の負担についても説明と理解を得ておく必要があり、説明不足は後にトラブルを招くことにつながります。
- 前提となる法的な考え方
退職日の決定は「労使の合意」が基本
- 退職日を決める権利は、基本的に労働者にあります。期間の定めのない労働契約の場合、労働者は退職の自由が認められており、退職の意思表示から一定期間(民法上は2週間)が経過すれば、一方的に労働契約を終了させることができます。
- 実務上は、就業規則等で「退職の申し出は30日前までに行うこと」などの定めがあり、多くの従業員はこれに従って「○月○日退職希望」と申し出たうえで、会社と合意して退職日を確定させています。
- 退職日を「前倒し」する・「後ろ倒し」すること自体は、会社と労働者の双方が合意すれば可能ですが、一方当事者が一方的に変更することはできません。
したがって、例えば、
- 従業員:3月31日付けの退職を希望
- 会社:業務の都合により3月20日で退職としてほしい
という状況は、「退職日の変更(前倒し)の提案」であり、会社側からの合意解約日変更の申入れと位置付けられます。
- 会社が退職日の前倒しを要請すること自体の可否
会社が「3月20日付で退職してもらえないか」と提案・相談すること自体は禁止されていません。
重要なのは、
- あくまで「お願い」「提案」にとどめる
- 拒否した場合に不利益を示唆したり、事実上強制するような態様を取らないこと
です。
- 主な法的リスク
(1) 実質的な「解雇」「会社都合退職」と評価されるリスク
従業員が明確に3月31日退職を希望しているにもかかわらず、
- 「3月20日でないと認めない」
- 「20日で辞めないなら評価を下げる」「有給を認めない」「退職金に影響する」等の圧力をかける
- 実質的に3月31日まで働くことを認めない(シフトに入れない、就労を拒否する 等)
といった対応をすると、「労働者側の意思による退職」ではなく、会社側の一方的な労働契約終了(解雇・退職強要)」と受け取られる可能性が高くなります。
その場合のリスクとしては、以下が考えられます。
【解雇と評価される場合】
- 解雇理由・手続の合理性が問われ、「解雇権の濫用」で無効とされるおそれ
- 復職請求や、在職期間分の賃金支払請求
【雇用保険上の扱い】 - 本人がハローワークに異議を申し立てた場合、実質が「会社都合退職」と認定される可能性
- その結果、会社都合退職に伴う各種影響(離職票の訂正依頼、行政からの聴取など)
【損害賠償・メンタル不調等の二次トラブル】 - 強い退職勧奨・退職強要があったと主張され、慰謝料等を請求されるリスク
(2) 賃金等の支払義務に関するリスク
- 本人が3月31日までの就労意思を明確に持っているのに、会社都合で3月20日で打ち切ったと評価される場合、「31日までの契約期間があるのに、会社側都合で一方的に終了させた」とみなされ、20日〜31日の賃金相当額の支払いを請求される可能性があります。
4.適切な対応のポイント
(1) あくまで「お願い」であることを明確にする
面談やメール等では、「業務の都合上、もし可能であれば3月20日退職としていただけるとありがたい」という依頼ベースの表現にとどめ、「もし難しければ、当初の予定どおり3月31日まで勤務で問題ない」ということをはっきり伝えておくことが望ましいです。
(2) 合意が得られた場合の記録を残す
従業員が検討のうえ、納得して「では3月20日にします」と応じた場合は、
- 退職日変更の理由
- 会社から行った説明内容(業務上の事情、本人への影響 等)
- 本人の最終的な意思表明(自由意思であること)
を、退職日変更届・合意書・メール等で残しておくと、後日「強制された」と主張されたときのリスク軽減になります。
(3) 拒否された場合は、3月31日退職を受け入れる
従業員が「3月31日まで働きたい」と明確に意思表示した場合に、
- それでも3月20日退職を事実上強制する
- 3月21日以降の勤務を認めない
といった対応を行うと、前述のとおり「解雇」「退職強要」の評価リスクが高まりますので、当初の3月31日付けでの退職を受け入れる対応が必要です。
