第4章:辞めない・育つ人材を育てる
――「採用して終わり」ではなく、「育てて活かす」へ

「せっかく採用したのに、すぐに辞めてしまった」

「教えても教えても、なかなか育たない」

「どうすれば、長く働いてもらえるのか分からない」

これは、採用後のフェーズで多くの中小企業が直面する悩みです。
でも、安心してください。

人が辞めるのには理由があり、育たないのにも原因があります。
そして、それは「仕組み」で改善できます。

この章では、採用した人材が「辞めない」「育つ」ための育成と定着の工夫について、実例を交えてご紹介します。

●「最初の3か月」がすべてを決める

人が辞めるタイミングで最も多いのが、入社後3か月以内。
いえ、もっと早い場合もあります。

なかには「上司は部下を見抜くのに3か月、部下は上司を見抜くのに3日」と仰っている方もいます。
それぐらい部下は上司の言動・行動、仕事に対する姿勢をよく見ているということです。

つまり、最初の3か月をどう過ごすか、もっといえば1か月が定着のカギなのです。

ある製造業のクライアントでは、過去に「入社1か月以内の離職」が続いていました。
原因を探ると、「何を教えるかが人によってバラバラ」「誰が教えるかも毎回違う」という状態だったのです。

そこで、次のような取り組みを始めました。

  • 入社初日から3から月間の「育成スケジュール」を作成
  • 教える内容を「マニュアル化」し、誰が教えても同じ内容になるように
  • 教える担当者以外にメンター(相談相手)を作り、相談しやすい関係をつくる

このように「育成の仕組み」を整えたことで、入社後の不安が減り、離職率が大きく改善しました。

●「教える人」を決めておく

新人が辞める理由のひとつに、「誰に聞けばいいか分からない」「質問しづらい」という声があります。
だからこそ、「この人があなたの担当です」と明確に伝えることが大切です。

たとえば、ある介護事業所では、入社初日に「あなたの担当は○○さんです」と紹介し、
1日1回は必ず声をかけるようにしています。

「困ってることない?」「今日の仕事、どうだった?」

そんな一言があるだけで、新人は安心し、職場に馴染みやすくなります。

「できたこと」を見つけて伝える

人は、「できないこと」ばかり指摘されると、自信を失ってしまいます。
だからこそ、「できたこと」「成長したこと」を見つけて伝えることが大切です。

たとえば――

  • 「昨日よりも声が出てたね」
  • 「お客様への対応、すごく丁寧だったよ」
  • 「あの場面で自分から動けたのは素晴らしい」

昨日よりは今日、今日より明日。比べる相手は、昨日の自分。
こうした言葉が、新人のやる気を引き出し、「もっと頑張ろう」と思える原動力になります。

ただし、できていないのに、無理にできている言葉はかけないようにしてください。
人によっては、おだてられていると感じたり、なかには「この上司、私をのことをよく見ていないのでは?」と逆に不信感を生みます。

あくまで事実を伝えることを忘れないでください。

●「定着面談」で本音を引き出す

あるクライアント企業では、入社後1・2週間、その後1・3・6か月のタイミングで「定着面談」を実施しています。
この面談では、上司ではなく、別の立場の人(たとえば先輩等)が話を聞くようにしています。

「困っていることはないか」

「職場の雰囲気はどうか」

「今後、どんなことをやってみたいか」

こうした質問を通じて、新人の本音を引き出し、早期の離職を防いでいます。

当事務所でも、毎月、所長とスタッフの定期面談を行っています。

そこでは、事務所の方針を伝えますが、事務所の役割のなかで、スタッフにしてほしいことを伝えるようにしています。
もちろん、スタッフの方からの希望や意見に耳を傾ける場としています。

その他に、当事務所では、毎日朝礼を行っており、この朝礼はスタッフから業務中に湧いてきた質問を受ける場としています。新人職員にとっては、仕事のやり方だけでなく、考え方についてもアドバイスを受けることができ、育成の場にもなっていると思います。
トップである所長から見ると、新人職員の質問内容から、どこまでできているか習熟度が測れます。

「定着面談」をする時間がないと嘆かれる前に、毎日の朝礼でも活用次第で定着面談に匹敵する時間に変えることができるのです。

●「育成できない人」は採用しない

ここで、少し厳しい話をします。

中小企業には、教育のリソースに限りがあります。
だからこそ、「自社で育成できない人」は、最初から採用しない判断も必要です。

たとえば――

  • 極端にコミュニケーションが苦手
  • 指示を受け入れられない
  • チームでの協調ができない

こうした特性がある場合、どれだけ時間をかけても育成が難しいことがあります。
だからこそ、採用の段階で「自社で育てられる人かどうか」を見極めることが、定着の第一歩なのです。

●「辞めない職場」は、つくれる

最後に、ある飲食店の事例をご紹介します。

このお店では、以前はスタッフの入れ替わりが激しく、常に人手不足に悩んでいました。
しかし、次のような取り組みを始めてから、定着率が大きく改善しました。

  • 入社初日に「歓迎の手紙」を渡す
  • 1か月ごとに「ありがとうカード」をスタッフ同士で交換
  • スタッフの家族を飲食店に招待し働いている姿を見てもらう機会をつくる

こうした小さな工夫が、「ここは自分を大切にしてくれる職場だ」と感じさせ、スタッフの定着につながっていったのです。

《まとめ》

  • 人が定着するのは「最初の3か月」が1つの区切り。育成スケジュールを設計する
  • 教える人(メンター)を決めて、相談しやすい関係をつくる
  • 「できたこと」を見つけて伝えることで、やる気が育つ
  • 定着面談で本音を引き出し、早期離職を防ぐ
  • 自社で育成できない人は、最初から採用しない判断も必要
  • 「辞めない職場」は、仕組みと工夫でつくることができる

次章では、「採用活動を継続的に改善する方法」についてお話しします。
採用は一度きりではなく、会社の成長とともに続いていくもの。

そのために、どのように振り返り、改善していけばよいのか。
中小企業でもできる「採用のPDCA」をご紹介します。