【ご質問】
会社が負担した従業員の資格取得費用を、退職時に従業員に返金してもらうことができますか?
【回 答】
現在の規程や本人との合意内容によって結論が異なります。制度の設計次第では返金を求めることが可能な場合もありますが、内容によっては労働基準法第16条に違反すると判断され、無効と評価されるリスクもあります。
■知っておきたい「労働基準法第16条」のルール
労働基準法第16条は、労働契約の不履行を理由として、「退職したら◯万円を支払う」といった、実際の損害の有無や額とは無関係に、あらかじめペナルティ金額を定めておく契約(違約金や損害賠償額の予定)を禁止しています。
そのため、就業規則や誓約書において、
「資格取得後3年以内に退職した場合は、会社が負担した費用全額を違約金として支払う」
といった定めのみを置いているケースは、同条に違反する可能性が高く、その部分が無効と判断されるリスクがあります。
■返金が認められるケースとは
費用の返還請求がすべて認められないわけではありません。とくに、会社が立替えた留学費用・研修費用等の返還については、一定の条件を満たす場合に返還合意を有効とした裁判例があります。
これらの裁判例では、「違約金」としてではなく、「特約付きの消費貸借(貸与)」として構成されている点が重視されています。すなわち、会社が一旦費用を貸与し、従業員が一定期間在職した場合には返還義務を免除する、という仕組みです。
具体的には、次のような点を、就業規則や誓約書などの書面で明確にしておくことが重要とされています。
- 貸与する金額の範囲(受講料、教材費、旅費等を含むかどうか)
- 返還義務が免除されるまでの勤続年数
(例:一定年数勤務した場合には返還義務を全額免除すること) - 在職期間に応じた返還額の逓減
(例:5年在職で全額免除、4年で20%返還、3年で40%返還等、在職期間に応じて返還額を減らす仕組み) - 返還方法(退職時の一括返還か分割返還か 等)
そのうえで、次のような点も、有効性判断の材料となります。
- 当該制度(留学・研修・資格取得支援等)が、従業員の応募・参加が任意の制度であること
- 留学や資格取得によって、会社外でも通用する知識・スキル・資格等を得られるなど、本人のキャリアアップにも資する内容であること
- 返還義務が免除されるまでの期間や返還額の水準が、労働者の退職の自由を実質的に奪うほど過酷ではなく、社会通念上合理的な範囲にとどまっていること
これらの事情を総合的にみて、返還合意が労働者の自由意思を不当に拘束し、労働関係の継続を実質的に強要するものといえない場合には、労働基準法第16条に違反しないと判断される余地があります。
■実務上、確認すべきポイント
資格取得費用等の返金を検討する場合には、少なくとも次の点を確認しておく必要があります。
(1)規程・書面上の記載
- 就業規則、社内規程、個別の誓約書などで、費用を「貸与」「立替払い」としているのか、「会社負担」「会社が費用を負担する」とのみ記載しているのか。
- 「会社負担」との記載のみで、返還義務や貸与の趣旨が明確でない場合、原則として従業員に返還義務は生じないと解される可能性が高く、一方的な返還請求は困難となるおそれがあります。
(2)資格取得支援の経緯
- 資格取得や研修等が、会社の業務遂行のために必須であり会社の指示に基づき受講させたものか、あるいは従業員が任意で応募・参加した「キャリア支援型」の制度であるか。
- 後者のように、従業員の自由意思による応募・参加であり、会社外でも通用する資格・スキルを得られる制度かどうかは、返還合意の有効性判断に影響し得ます。
(3)返還条件の内容と合理性
- 返還を求める期間(例:資格取得・研修終了後○年間)や返還額の割合が、在職期間に応じて段階的に減額される仕組みになっているかどうか。
- 返還を求める期間の長さや金額が、実質的に退職の自由を制約するほど過大な負担になっていないかどうか。
- 返還免除までの期間が不当に長すぎないか、返還額が高額すぎないかなど、社会通念上合理的と認められる水準に収まっているかどうか。
これらの要素によって、費用の返還請求が有効と認められるかどうかが大きく左右されます。
■ まとめ
- 「退職したら会社が負担した資格費用を違約金として全額支払わせる」といった取り決めは、労働契約の不履行に対する違約金・損害賠償額の予定に当たるおそれがあり、労働基準法第16条に違反して無効と判断されるリスクが高いと考えられます。
- 費用返還の合意が有効と評価されるためには、「違約金」としてではなく、「特約付き消費貸借(貸与)」として構成し、貸与額、返還方法、返還免除条件や在職期間に応じた逓減ルール等を、書面で明確に定めておくことが重要です。
- 制度の有効性は、規程・誓約書の文言、資格取得や研修の実施経緯(任意参加かどうか等)、返還条件の合理性や負担の程度などを総合的に判断して決められます。個別の事案ごとに、これらの点を丁寧に確認することが求められます。
